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金子文子シリーズ開始

ところで、いきなり金子文子って言われても、「えーっ、誰なん?」って感じですよね。
それで手っ取り早く、かつズルくて申し訳ないが、Wikipediaに紹介してもらうとざっと以下のような感じになる。

「金子 文子(かねこ ふみこ、1903年1月25日 – 1926年7月23日)は、大正期日本の社会主義思想家で、アナキストおよびニヒリストである。
関東大震災の2日後に、治安警察法に基づく予防検束の名目で、愛人(内縁の夫)である朝鮮人朴烈と共に検挙され、十分な逮捕理由はなかったが、予審中に朴が大正天皇と皇太子の殺害を計画していたとほのめかし、文子も天皇制否定を論じたために、大逆罪で起訴され、有罪となった。(朴烈事件)後に天皇の慈悲として無期懲役に減刑されたが、宇都宮刑務所栃木支所に送られてそこで獄死した。」(Wikipedia)

最初に彼女のことを知ったのは20年ほど前、創刊間もない雑誌「週間金曜日」に載ってた小さなコラムでのことだ。
そこで加納美紀代(近現代の日本女性史が専門の学者)が彼女の獄中手記の一部を引用していた。
何気なく鼻歌交じりに読んでたが、すぐさま絶句した。

こんな文章だ。(件のコラムではもっと端折ってあったと思う)

「民衆のために」と言って社会主義者は動乱を起こすであろう。民衆は自分たちのために起ってくれた人々とともに起って生死をともにするだろう。そして社会に一つの変革が来ったとき、ああその時、民衆は果たして何を得るであろうか。

指導者は権力を握るであろう。その権力によって新しい世界の秩序を建てるであろう。そして民衆はその権力の奴隷とならなければならないのだ。然らば××(革命)とは何だ。それはただ一つの権力に代えるに他の権力をもってすることにすぎないではないか。

初代さんは、そうした人たちの運動を蔑んだ。少なくとも冷ややかな眼でそれを眺めた。
「私は人間の社会にこれといった理想を持つことが出来ない。だから、私としてはまず、気の合った仲間ばかり集って、気の合った生活をする。それが一ばん可能性のある、そして一ばん意義のある生き方だと思う」と、初枝さんは言った。
 
それを私たちの仲間の一人は、逃避だと言った。けれど、私はそうは考えなかった。私も初代さんと同じように、すでにこうなった社会を、万人の幸福となる社会に変革することは不可能だと考えた。私も同じように、別にこれという理想を持つことが出来なかった。

けれど私には一つ、初代さんと違った考えがあった。それは、たとい私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身の真の仕事というものがあり得ると考えたことだ。それが成就しようとしまいと私達の関したことではない。私達はただこれが真の仕事だと思うことをすればよい。それが、そういう仕事をする事が、私達自身の真の生活である。
 
私はそれをしたい。それをする事によって、私達の生活が今直ちに私達と一緒にある。遠い彼方に理想の目標をおくものではない。
(以上)

すぐさま近所の本屋さんへ飛んでって、その手記「何が私をこうさせたか」を注文した。
数日後手元に届いた。
読んだ。
読んで、西郷と同様、その独自の思想、人格、生きる様にとても強く惹かれた。

文子がいうところの「真の仕事」というのは、西郷がいうところの「天命」とほぼ同じ意味なんではないかと勝手に思った。
もちろん、それは別に”維新”とか”国政”とか、”医学”とか”芸術”とか、そんなものである必要はない。
自分自身がそれを”己が真の仕事”、”天から授かった仕事”だと思うなら、会社勤めや家事なんか、ごく普通のことだっていっこうにかまわないだろう。

ともかくそれから20年、いつの日か文子といっしょに何かやりたいなあ...と常々思っていた。

常々思ってたら、西郷さんシリーズがひと段落ついた。
おお、いい頃合いだぜ、とやおら描き始めたというわけだ。
(つうか、こういう日本の有様なので、精神の健康を保つためには西郷さんの力だけでは足りなくなってきた。)

絵を描く時の心持ちは、西郷さん描く時と全く同じだ。
文子は、絵を描くための題材でもテーマでもない。
例えていうなら、燃料だ。
金子文子という燃料で、筆がばんばん走る。

したがって「アジサカさんは文子の思想のどんなところに共感されたのですか?」とか、「文子を描くことによって、人に何を伝えたいのですか?」とか、尋ねられても、あんましうまく答えられない。自分でもよくわからない。
ただ一言、「文子は燃料だ。よく燃える。」と言う他はない。

そして付け加えるなら、行き先を指し示したり、道を明るく照らしたり、快適な乗り心地やかっちょいいスタイルを提供するような思想はけっこうあるけれど、自らが動く、その力の源となってくれるような思想、つうか人格は、そうざらにはないように思う。

さて、これから描かれる絵の中で、文子は怒ったり泣いたり笑ったり飛んだり跳ねたり歌ったり踊ったりするだろう。
バイクで疾走し官憲ぶん殴り、着物乱して好きな男に媚態つき、野辺に寝転び読書三昧するだろう。
ビキニてビーチでサングリアとか飲んだりするかもしれない。

文子の思想や生き方に共感し寄り添う人が見たならば、「なんて軽薄な...彼女に対する侮辱だろう」と眉を顰めるかもしれない。
けど、あらゆる権威というものに反抗した当の文子が、反権威の”権威”になっちゃあ本末転倒だ。
それに、虐げられ虐げられ苦労して苦労して、わずか23歳で死んだんだもの、後世の場末の絵描きの絵の中でくらい、自由に思う存分はっちゃけてもいいだろう。

たはむれか はた真剣か 心に問えど 心答へず にっとほほ笑む
(金子文子)